まさかそんな理由で? いや、これが最大の理由ではありませんが、このあとに、さらにダラダラと長文であげていく「理由」と「10年という区切り」は大きく影響していると思います。[キリがいい]とか[節目]とか、そういうことは物事を考えるきっかけになる、というのは事実で。
「石の上にも三年」という言葉がありますが、わたしたちの中では「3年はひとつのクリア目標とし、人様の信頼と自身を認めてもらい "ここまでやれば終わってもいい" 目安は、やっぱり10年」まあ、そのくらいの期間なにか一つをがんばれば「よくやった」と自他ともに思える一区切りなんじゃないか、との認識があります。最初から10年をエンド目標にしていたわけではありませんが、この数年で体や環境、考え方に変化はあって然るべき、という流れ。

しかも この「10年」って何度もできるものではないんですよね。人生のうち、よくっても 2回~3回じゃないですか?

旦那さんは事務職お勤めを約25年。
わたしもお勤め 約15年。
お好み焼と鉄板焼のお店を一緒に10年やって。
六望で 10年目指す… 

したらば、旦那さんは68歳になり、わたしは57歳(ギャーー( ゚Д゚))
すると、次の10年って?こう区切ると人生ってホント短いですね。いくら強がっても、「まだまだいける!」なんて気休めのお声をかけていただいたとしても、現実に残された時間も体力も、もう終盤には間違いありません。そこを見ないフリ… できないでしょう^^; なので、この線引きは早すぎも遅すぎもしないと思っています。

皆さまは向こう2年、そのまた向こうの10年に、どのような計画立てておられますか?


…が、できなくて~(>_<) そう、いま流行りの働き方改革が、不器用過ぎてできないんですょ。じれったく思われることと存じますが、「24時間365日戦えますかみたいな全力投球方式」でしか働けない。自分でコントロールできるはずの "自分達の"働き方" が変えられんのです。
仕入れ・掃除・仕込み・準備・事務 一言で言えば簡単そうで、だけど小さな細々ひとつひとつが毎日積み重なっていて「お仕事が週休2日でいいですね。なにをしてるの?」なんて言われますが、何にそんなに時間をかけているの?と思うくらいずっと仕事していますw 

お商売がゼロから始まり、すこーしずつお客様が増え、ネギ1束を自分で買いに行く、てんぷら油も安い日に買いに行く、お店の掃除は自分でする、税務申告や総務仕事もやって、その聞いててまどろっこしいイライラするような作業を、全部自分達でやっています 苦笑

スタッフはオープン当初から完全に週休2日制。ここは胸を張れます。(お客様にどうしても…と嘆願されたときにはたまに定休日にお受けしますが、それも年に数えるほど。)彼らは勤務時間内は営業時間のために一生懸命やってくれていますので、「あふれ出るものは自分達が時間をかけてやる」それって自営業の方ならなんとなくうなずけるのではないのでしょうか(え?違う?^^;)いずれにしても、人にモノをたのむのは下手なほうだと思います。それもひっくるめての不器用かな

どのくらいか前から体感し始めていました。(この働き方では、もう何年も身体がもたないな)って。それが 2年後・10年区切りを意識した理由のひとつではあります(;´Д`)
最初にこの稼業を始めたときよりも、明らかに疲れが取れなくなってきました。そりゃあそっか、と思います。あのころわたしはまだ36で、旦那さんは47歳でした。そこからもう18年も経つんですもん、あっちもこっちも傷んでくるハズだよなあ。あんなに朝が強かった旦那さんはお休みの日、意図せず起きれていないから、それを見て「ええ~」と思ったりします。

お店が広いことも意外と影響があるかもしれません。「これで定年ナシ!」なんて意気込んだけれど、なかには70でも80代でも飲食店現役!って方もおられるとは思うけれど... この店の広さとキッチン内の移動と段差の多い床… 加えて旦那さんは数年前に膝の半月板を損傷していることもあり、店内の段差や荷物の上げ下ろし(ほとんど1人でやります)これらの積み重ねがけっこう負担になってもいます。

「体力の限界」これは今日、いま、この瞬間のことではないけれど、いつかその日はくる。なので、本当にクタクタでボロボロで動けなくなる老体で六望を終わってしまうのではなく、まだせめての、余力を残した状態で、いったん区切りをつけられたら、のあと2年です。
「え?元気そうに見えるけど?」 だけどどちらさまもそうであるように、他人様の前では元気を装っているところもあるのでは?と。それなりの年齢になってきたら、あちこち傷んでいるけれど、病名を書いたシールをおでこに貼って歩いているわけではないので、他人様にわからないだけ。きっとそうだと思います。

わたしに関して公開すると^^; 眼医者に歯医者、整形に耳鼻科、皮膚科に婦人科、内科も総合診療科も、どこへ行っても病名もつかず、原因もわからない痛みと共に過ごして、もう5年くらいになります。ここ1年は特に悪くて、がんの痛みにも使われるという痛み止めを24時間使っています。この薬への依存はもう後戻りできないかもしれないけれど、痛くて辛くて布団の中でシクシク泣いていましたから、中毒になったって、あれよりはマシ。どのみち永遠には生きないんだから、なにかの力を借りて体感くらい健やかでありたい(-_-;)
「痛いって、どんな?何系の?どこが?」 そうですねー 全身がインフルエンザになったときの感じ。関節や皮膚表面の痛み、悪寒と震え。それを営業時間は気力でコントロールしているので、それ以外の時間に反動がきて、眠れず、寝がえり打てずの悪循環。まったくなんの病気??(;・∀・)ムーー、って感じですが、世の中には原因のわからない病気がほとんどだそうですから「加齢に伴う〇〇〇」と認識せざるを得ないです泣

ちなみに次に紹介できるとすれば「精神科」と、広島市民病院 総合診療科にも言われたので… こう見えて案外と神経質なところが起因している、か、な。まあもうしばらくは痛み止めを服用しながら、2年間はがんばろうと思ってますヨ。そのうち治るかもだからね、うん。
※弱音を吐きまくる機会をいただき、ありがとうございます(/・ω・)/

ちなみに店主も、若かりし頃から元気だけが取り柄な人でしたけれど、つい先日も定休日に倒れて救急車を呼んだりなんかして、疲れとか、休みの日もほとんどお店に出て働いているので、そういうことも2年後には違った形で働ければ…とふんわり考えています。 
まあ店主に関しては多分「自由奔放でちょっと特別な、B型・さそり座のかわいい嫁が、心身ともに追い詰めている」が、病因と疲労山積の上位に入ると思われます( ;∀;) カワイソー
定礎昭和48年 建てられた当時は斬新で近代的であったであろう、六望が入るこのビルですが、そろそろ50年が経つようです。ビルのオーナーさんからも通達はいただいているのですが、いわゆる「大規模修繕工事」のご予定がないそうで、いつその日が来るかは不明だが、近い将来、退去の心づもりがいるとのこと。(それって2年?5年?10年?今のところ不明です)このことは「六望の10年節目」を考えるきっかけともなりました。

せっかくここに縁があって、白島町内の人にも受け入れていただき、わたしたちは白島の、この一筋入った静かな場所が大好きなんです。(もちろん家が建つほどかけた内装にも愛着と執着がありますし( ;∀;))
それが「DINING六望としての "スタイルは終了" という表現がふさわしいかも」の所以で、「DINING六望としてのスタイル」ではありませんが、このビルに居られる間は、なんらかの形で存在していようと思っています。それが何になるのか、気になりますね。わたしも気になります(笑)これから2年をかけて、楽しみながら考えてみようと思っています。
いずれにしても、何年後のことかはわからないのですが、遅かれ早かれ、このビルから退去しなければいけない日は来るようです。
2016年に六望を始めるとき[日本政策金融公庫]で10年返済計画で○○円の融資を組みました。今思えば(よーやったなあ。無知って凄い^^;)
8年間、鳴かず飛ばずだったあの時期も、無情で厳しきコロニャカも一度も返済を滞らせることなく、追加融資も受けることなく、このまま2026年8月に返済を終了する予定です。ヤッターー泣!
加えて、開業時に契約した「空調設備」「厨房機器」など、10点以上のリース契約も終えます。これらも同じく厳しきコロニャカも一度たりとも遅れることなく支払い続け、終わられることに安堵です^^
六望がこの先もずっと続くのであれば、そろそろ新しく設備投資をし直して… という時期に入るところですが、終了までは静かにていねいに使っていこうと思っています。経年劣化もありますが、とにかく旦那さんが(そこまでやる~?ってほどに)こまめにこまめに我流にていねいに取り扱って掃除して使っていますから、機器たちもきっとうれしくって機嫌よく、もう少し働いてくれると思っています^^ ♡

このところありがたいことにお客様が増え、それとともにフロア係「六望ガールズ」は今の倍の人数欲しいところなのですが、これまたどこにでもそこにでも居ないんですよね^^; いくらわたしが頑張ってもガールズ無しでは到底成り立たない六望ですが、発見するのがなかなか困難で。
今日も、いま現在も探していますが、世の中はただでさえ人材不足の大波が押し寄せていて、その中で[六望の営業時間]と[オキャミの営業理念]にピッタリはまる妙齢の女性って… ツチノコ発見くらいの至難の業です。
お客様の期待が大きければ大きいほど、それにお応えするための体制を安定して整え続ける、ということが難しいくらい案件が増えてきて、とにかくその場その場、どうなろうとも時間は経過するのですが、行き届かない瞬間を目にしても、手と時間を取れずにあきらめなければならなかったとき… こういうときが辛いです。
広いがゆえ、混み合う日があるがゆえ、準備しても限界があり、ちょっとキャパオーバーの場面がすこし増えてきたように思います。
せっかくのご来店が、わずかでも残念なものになることも、トホホのホで、そのシーンが脳内リピートして寝られないことも(;'∀') 神経質か!w

そんななか、いまいるガールズたちは、ド神経質なオキャミがこまごま提唱する<六望イズム>を体現し、お客様に行き渡らせようと努力し、本当~~によくやってくれていて、もう感謝しかありません( ;∀;)
店主は早くからご両親とは死に別れており(お母さんは小学3年のとき、お父さんは30代のころ、だそうです)一回り上のお兄さんが昨年亡くなり、お姉さん2人は大阪在住です。今はもう実家と呼べる場所はありませんので、わたしとの居場所が終の棲家となるのでしょうね。

わたしのほうは、父が約30年前、52歳のときに亡くなりました。自分が子供すぎて、孝行らしいことは何一つできませんでした。
いまは昭和16年生まれの母が実家で一人暮らしをしています。
年齢的にこの先、手と時間のかかる時期に入っていきそうなにおいがしています。いま現在の六望の生活リズム・働き方では、自身の体力も含め、なかなか一緒の時間を過ごすことができないけれど、10年の節目はそのきっかけにできるのではないかと思います。
18歳で家を出て、それっきり。人生の限られた一時期に、まだ娘のことを娘だと認識できているうちに、少し穏やかな、普通の時間がもてるときがあってもいいのでは、と。それも一つの目的かな。

(伝言板)2年後までは、いやその先だってずっと、PPKのPPでいてよね、お母さん^^ 


飲食店を始めて18年。昼夜が逆転していますが、基本店主は朝型です。逆にわたしは超深夜型。店主は寝起きが超得意。わたしは寝起きから2時間経たないと人間になれない。
真逆の2人ですが、これから年を重ねていくにつれ、できれば「お日様とともに起き、日中は働き、日が暮れるころにはリラックス」そんな生活にできたらな。それは実際ちょっとした理想です。
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